西暦2019年、東京。
 衆議院議員会館、立憲改新党、万里小路 朝雅事務所 で万里小路がお茶を飲んでくつろいでいる。そこに御子左 隆資が入ってくる。



御子左 おはようさん。
万里小路 おう、何かあったか。随分早いじゃないか。
御子左 相変わらずだな。お前も代議士の端くれならもう少し・・・・まあいい、テレビをつけてみろよ。

 万里小路、テレビをつける。
(narration) 新元号は、梅鏡です。

 テレビでは、与党たる自由憲政会の木ノ下官房長官が、「梅鏡」と筆で大書された紙を掲げている。

万里小路 何だあ?この下手な習字ともいえない字は。
御子左 中国でも評判悪いみたいだぞ。
万里小路 当たり前だ、こんな字。こんなのだして恥ずかしくないのか、というより、美意識というものがないのか・・・・
御子左 このバランスの悪さ、悪趣味な形の崩れ方・・・・中国の書家が見たら、破り捨てて足で踏んずけてしまいそうな字だな。
万里小路 日本の恥だ。
御子左 それにしても、出典が萬葉集か。
万里小路 事実上の、日本最古の勅撰和歌集だな。
御子左 え?最古の勅撰和歌集は古今和歌集だろ?
万里小路 その古今集の真名序に、平城天皇が命じて萬葉集を編纂させた、と書いてある。尤も、ある文献によると実際は違うらしいがな。事情があって当時は言えなかったことが後になって公になったり、功を譲るなんていうのはよくある話だ。
御子左 裏の事情、か・・・・確かに、俺も国会議員になって初めて、こんなにも国民に言えない裏の事情があるのかと驚いたもんだがな。
万里小路 まず、和歌というものは怨霊鎮魂の手段であったこと。後には物語もそういう手段として発達してくる。皇族や貴族が歌を詠むことを重視していたのはそういう事だ。決して遊びや暇つぶしでやっていたわけではない。そして、日本では口で言ったことは実現する、つまり言霊信仰というものがあったこと。これは押さえておくべき知識だ。
御子左 ま、ともかく、これからは漢籍のみならず日本の古典も典拠になる、と。
万里小路 それが問題だ。
御子左 どういう事だ?
万里小路 俺は以前から、萬葉集の現代語訳は信用できないと思っていた。
御子左 え?現代語訳が間違っているとでも言うのか?
万里小路 そうだ。持統萬葉・元明萬葉とも呼ばれる、大伴家持がかかわる以前の萬葉集の最初の二巻は特にな。
御子左 おいおい・・・・、お前さんらしいが、あんまりそんなこと言うもんじゃないぞ。
万里小路 では聞くが、萬葉集の第1番歌はどんな歌だ?
御子左 雄略天皇の求婚歌だろう、そりゃ。
万里小路 その中に「そらみつ」なる語が出てくるが、その意味は?
御子左 不明だ。
万里小路 おかしいとは思わないのか?長編小説の中の1語じゃないんだぞ。字数が極めて制限されている中で作られた歌、その中の1語にどれだけの意味が込められていると思ってるんだ?しかも当時は言霊の力が絶大だった。もしその1語が決定的な意味を持っていたらどうするんだ?
御子左 それは、そうだな。
万里小路 萬葉集だけじゃないぞ。『日本書紀』の中の天智天皇の殯が行われた頃の童謡の解釈も酷いもんだ。
御子左 どういうものだ?
万里小路 現代語訳はこうだ。「吉野の鮎は川の島辺で、所を得てよかろうが、私は苦しいよ、水葱や芹の下で苦しいよ」
御子左 普通に詠めば、吉野の鮎とは大海人皇子で、私とは天智天皇の事だな。
万里小路 ところが現代の解釈では、その私も大海人皇子の事で、吉野での隠棲の苦しい状況を詠っているとされている。
御子左 ・・・・おいおい、曲解にも程があるぞ。詩が詠まれた背景を全く理解してないじゃないか。第一それじゃ句の繋がりがめちゃくちゃになるぞ?!一体どうやったらそう解釈できるんだ?
万里小路 な?こんなもんだぞ。信用できたもんじゃない。
御子左 確かに、言葉の使い手としてはこんな無神経な解釈は我慢できないな。これで平気でいられるなら、その人は少なくとも歌人失格だな。
万里小路 漢字かな交じりの文章を、漢字が読めないからそこを飛ばして読む小学生並みの知性だ。
御子左 芸術に対する冒涜だな、よく考えたら。・・・・何かだんだん腹が立ってきた。
万里小路 額田王の作とされる九番歌なんか、丸ごと一首解読できていない。
御子左 萬葉集の中でも最難訓歌とされる歌だな。
万里小路 それに、さっき言った最初の二巻は公的に編集されていたと考えられている。そこに、よりにもよって全巻の顔ともいえる第一番歌に求婚歌などを持ってくると思うか?
御子左 でも、そういう素朴な歌が編まれているのも萬葉集の特徴とされていないか?第二巻には相聞歌もちゃんと入っているじゃないか。
万里小路 それ自体も俺は疑問だがな。だったら何でそちらに収録しなかったんだ?公的、つまり国家事業にはそれ相応のカネと時間がかかるという事で、遊んでいる余裕などない。最も大事なことに集中しなければならない時にそんな冗談みたいな歌を持ってくるか、という事だ。そんな歌は、主体が大王であることを除けば誰でも作れる。普通なら採用を見送るだろう。
御子左 なかなか厳しいご意見ですな。では、この歌はどう解釈すればいいんだ?
万里小路 俺のみるところ、これは二重歌だ。物によっては、三重歌というべきものもある。
御子左 二重歌?
万里小路 そうだ。表と裏の二つの意味がある歌という事だ。
御子左 そんなことができるのか・・・?
万里小路 昔の歌人の力を舐めてはいけないと俺は思う。しかも、ちゃんとそれとわかる標を残している。せっかく二重の意味を詠み込んでも、後世の人の知性が足らずに二つの意味があると見破れないのでは残す意味がないからな。
御子左 それは・・・・
万里小路 所謂枕詞を含めた、日本語では詠めない詞だ。これを入れることによって、何か他の意味があることを示唆している。
御子左 日本語では詠めない詞・・・・
万里小路 そうだ。具体的には、古代の朝鮮語が入っている。
御子左 ああ、聞いたことがある。
万里小路 さて、さっきの第1番歌の解釈に対する「解答」だが、これは「俺はそらみつやまとの三国を支配する王だ」という宣言だ。つまり、「そらみつ」と「やまと」で分けるのではなく、「そらみつやまと」で一セットと考えなければならない。具体的には朝鮮半島南部と日本列島を指す。これは西暦478年に宋の皇帝に差し出した上表文の内容とも符合する。この時代の鉄剣の銘文に「治天下」という言葉も見えるが、「天下」とは君主が治める世界全体の事で、単なる王はこの言葉は使えない。この歌はな、これまで連邦国家の形態をとっていた倭、その盟主として存在していた大王が、統一国家の君主として君臨する意志を初めて示すという歌なんだよ。今まで求婚歌と解されていたのは、「そらみつ」を読み解けなかったことによる誤解だ。
御子左 なんと・・・・・・・それでは歌の意味が全然変わってしまう。
万里小路 『古事記』にある雄略天皇の為人についての記述からすると頷ける意味になるから、余計にそれで納得してしまったんだろうな。本居宣長に頼りすぎて自分たちの検証を怠った結果の誤解と言える。
御子左 本当なら、後世に生きる我々は宣長の仕事を批判し、発展させなければならなかった。それなのに宣長の研究成果を金科玉条のごとく受け取り、そこで進歩を止めてしまった、と。
万里小路 そう。結果として萬葉集に残った謎はそのままになり、いつしかそれを謎とすら思わなくなってしまった。
御子左 そもそも、萬葉集が編まれる契機は何だったんだろう。
万里小路 桓武天皇は即位して3年後に長岡京の建設に着手するが、その造営長官だった藤原種継が暗殺される。犯人は遷都反対派だった大伴氏とされ、その上官たる早良親王とともに処罰された。その結果、早良親王が怨霊になってしまう。
御子左 つまり、藤原種継暗殺事件に連座した大伴氏と早良親王の怨霊の鎮魂として家持の私家版として保存されていた萬葉集を公刊した、というわけか。
万里小路 そう、そして、正史には書けなかった真の歴史が、歌の形で封じ込められているのが萬葉集だ。
御子左 そうなのか?
万里小路 まだ文字がなかった時代、歴史は語部による口碑によって伝えられていったと考えられている。そして、文字が伝えられた後もしばらくは語部も残っていた。その語部が伝える歴史には、時の権力者が隠蔽した正史には書けない真実が含まれていた可能性がある。萬葉集はまさにその機能を持っているということだ。
御子左 それは・・・・文字がなかったからこそ逆に残ったともいえるな。怪我の功名というか、書を焼くことはできても人を焼くことはそう簡単にはできないからな。
万里小路 だから、この時代を理解するためには古事記、日本書紀、懐風藻、風土記、そして萬葉集の五つを理解することが欠かせない。ところが、今はその萬葉集をきちんと解読できる人がいない。このままでは我々は、永久に日本の古代史を理解することができない。
御子左 それにしても、もし萬葉集の現代語訳が誤訳だらけだと知ったら、家持は一体どんな顔をするやら・・・。
万里小路 さて、問題はそれにとどまらない。新元号も決まった。来月一日には天皇陛下が譲位されることも決まった。そうすると、どうなる?
御子左 どうなるって・・・・
万里小路 皇太子がいなくなるんだよ。言うまでもないと思うが、皇太子とは皇嗣たる皇子の事で、皇太子の存在によって次の代の天皇までが予め確保される。
御子左 皇室典範第8条の定義だな。でも、別に皇嗣がいなくなるわけじゃないだろう。基本は継承順位に従って選ばれていくんじゃないのか?
万里小路 本当にその通りに継承して行ったらどうなる?下手をすれば、数年ごとに天皇が代わるという事だぞ。いちいちそのためにカネと時間をかけて煩雑な諸行事を繰り返すのか?さらに、彰紫宮殿下も壽仁殿下も、天皇たる教育を受けていない。つまり、天皇として必要な務めを果たすことができない。
御子左 まあ、正直現実的じゃないと俺も思う。
万里小路 それだけじゃない。このままいけば早晩、皇室が消えてしまう事は明白だ。
御子左 またそれか。女性宮家が必要だって話だろ?
万里小路 冗談で言ってるわけじゃないぞ。明治時代に男系男子と規定されて以来それに従って継承されてきたが、今後はそうはいかない。
御子左 詳しくは調べてはいないが、まあ首の皮一枚残っている感じか、今は。でも壽仁殿下がいるから殿下が今上陛下の後を継げばいいんじゃないか?さっきの教育の問題はあるにしても。
万里小路 そう思うかもしれないが、言いにくいが実はそれこそが皇室の息の根を止める可能性がある。
御子左 どういうことだ、それは?
万里小路 このまま女性宮家を創ることができず、相変わらず男子のみが皇位を相続できるとしよう。となれば、壽仁殿下の将来の結婚相手は、男子を産むことを強要されることになる。現在の皇后陛下がかつて「男子を産むまでは外に出さん」と言われたようにな。
御子左 あれは酷かったな。男尊女卑の思想がよく現れた例だった。
万里小路 ただでさえ皇室に入ることを望む人が極めて少ないことが予想される現状で、さらにそんな目に遭うことが分かっている。そんなところに嫁に行くような相手が現れるだろうか。絶望的だろう。
御子左 今上陛下の時も、結婚相手を探し始めるようになってから、周りから女性が消えたというからな。中には海外にまで逃げた人もいると聞く。あの時もさんざん難航して、これで駄目なら直系の皇位継承を諦めるしかないというところまで追い詰められた。そしてようやく今の皇后陛下を、言葉は悪いが拝み倒して結婚までこぎつけた。それなのにその後の宮内庁の皇后陛下に対する仕打ちは・・・・
万里小路 そういう現実を知っていれば、誰も結婚しようなどとは思わないだろう。その当然の帰結として、壽仁殿下は生涯独身を通されることになる。
御子左 となれば、そこで・・・・・
万里小路 ま、そういうこった。
御子左 これ、俺たちが思ってた以上にまずいんじゃないか?なんで皆気づかないんだ?
万里小路 皆の本音はな、興味ないんだよ、こういう事に。で、事の重大さに気づいて皆が騒ぎ始める頃には、既に手遅れだ。
御子左 おいおい、そうしたらもう日本は共和政に移行するしかないじゃないか。
万里小路 なんかお前、共和政に対してネガティブなイメージがあるみたいだけど、共和政自体はそんなに悪い制度とは思えないが。
御子左 共和政がそんなに良い制度なら、歴史的になぜ数々の失敗が繰り返されてきたのか。共和政や民主政が抱えている原理的問題、絶えず衆愚政治に移行しようとする傾向、もっとよく考えてみるべきだな。
万里小路 しかし、皇室が続かなければ結局日本は共和政となる。
御子左 いや、もっと酷い場合もありうる。日本が無政府状態に陥る可能性だ。
万里小路 所謂、自然状態という奴か。日本人全員が破門されたルターのようになるわけか。
御子左 そうだ。将来、日本は共和政になるのかもしれない。しかし、今はその時じゃないと俺は思う。今の日本人が皇室無しでやっていけるとは、とても思えない。
万里小路 俺は、仮に今の男系男子で皇室が存続できたとしても、日本という国に男尊女卑の思想が固定されたまま続いていく、そちらの方が有害じゃないかと思う。
御子左 確かにそれもあるな。諸外国からすれば、日本は何という未開で野蛮な国だと思うだろうよ。
万里小路 もっとも、それはほぼ不可能であることが過去のデータから示されている。そして、このような無理な構造を実行に移して、結局失敗した実例が、既に日本史の中にある。
御子左 それは・・・・
万里小路 藤原氏だ。本当はさらに倭の五王時代の、大夏の休氏の末裔という説もある葛城氏も加えたいが、まだ詳細がはっきりしないので省くとして、ともかくあれほど栄華を誇った権力構造が、たった200年しか持たなかった。
御子左 「この世をば我が世とぞ思ふ望月の・・・・」か。
万里小路 それを本当に道長自身が詠ったかどうかは分からないがな。とにかく、藤原氏がその権力を維持し続けるための必要条件が「皇后たる藤原氏の娘が生む子が男子であること」だ。
御子左 たった200年、か・・・・・・・そういえば、現在の皇位継承を男系の男子に限定する規定が出来てから、150年か・・・!
万里小路 そう、そして、現在皇位継承権があり、まともに「働ける」体力がある方は、壽仁殿下ただ一人。
御子左 こういう無理な制度が続く限界が、まさか200年・・・?
万里小路 単なる偶然、では済まされない。たとえ偶然だろうが一度事が起こればそれで終わりだ。そして、こんな制度に無理があるという事を一番よく理解していたのが、他ならぬ藤原道長その人だった。
御子左 なに?
万里小路 頼通以降、天皇の外戚如何に関わらず、道長嫡流が摂関の地位を継承していくこととなる。道長自身、生まれる子が男子とは限らない現実の中で、安定した地位の継承を実現するには偶然に依存する男子継承ではなく嫡流継承にすべきだと考え、そのような制度を構築した。
御子左 道長ですら気付いていた事に、現代人の誰も気が付かないのか・・・・!?
万里小路 歴史上日本という国が解体してしまう危機が、四度あった。一つは律令国家としての機能が失われ実権が朝廷から武士に移った10世紀、あと三つは誰もが知る戦国時代と明治維新期、そして前世紀の敗戦時だな。
御子左 それを乗り切れたのは、全体のまとめ役たる天皇がいたからだな。そして現在、五度目にして最も深刻な危機が訪れている。まとめ役そのものがいなくなるという・・・・
万里小路 ただでさえリーダーシップを発揮する人間がいないこの国で、そんなことになれば・・・・
御子左 ちょっと真剣に考える必要があるな、これは。
万里小路 天皇について知ろうと思ったら、日本の古代史に対する理解が欠かせない。よし、今度有志で勉強会を開くか。




戻る