「弟には才能はあります。たぶん、他の誰にもない才能が。でも、弟はあなたほどおとなではありません。自分の脚の速さにおぼれて断崖から転落する羚羊のような、そんなところがあります。(中略)ラインハルトが断崖から足を踏みはずすことのないよう見守ってやって。もしそんなきざしが見えたら叱ってやって。」(第1巻・133頁)

 アンネローゼにはラインハルトの行く末が危うく思えていた。キルヒアイスにラインハルトの補佐役、というより友人として助けてくれるよう頼むアンネローゼ。一人の人間に例えるなら、ラインハルトが脚で、キルヒアイスは目ということになるのだろう。少なくともキルヒアイスには、行く手を遮るものを見極める「目」の役割を期待されている。それだけではなく、進む方向を変えたり、時にはその脚を止めることも。

「・・・・・・あなたにとって、もっともたいせつなものがなんであるかを、いつも忘れないようにしてください。ときには、それがわずらわしく思えることもあるでしょうけど、失ってから後悔するより、失われないうちにその貴重さを理解してほしいの。」(第2巻・298頁)

 アンネローゼがラインハルトに宛てた手紙から。思いやり、気遣いに満ちた内容。ラインハルトだけでなく人が日々の生活の中で、忘れてしまいそうなことだ。それを思い出させてくれる、貴重な文面。

 これから家を改造しようなどと言ったら、ラインハルトは、余計なことをしなくてもいい、と答えるでしょう、改造してからそのことを告げたら、そうか、の一言ですみますよ。(第10巻・186頁)

 柊館の紋章を変えるよう宮内省から提案があり、ラインハルトはそれを退けてそのままにしておいた。ラインハルトの性格をよく見通した言葉。

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